ａ　tａｌｋ　ｉｎ　ｂｅｄ

「泣く子は抱きしめてやれ。」
確か、そう言ったのはオバチャンやったな。

　オバチャンは毎日のように教会に来ては、ワイ達孤児の面倒を見てくれた。オンボロの教会には仰山子供がいて、いっつも腹空かしとんのや。腹が空くとよけいに悲しくなるんかな。小さいガキ共はよう泣いた。ワイは泣いてられへんかった。小っさいのと一緒になって泣くほど幼いつもりはなかったし、早いトコ自分で稼いで食うに困らんよう、あいつらが泣かんでもええように早よなりたかった。でもやっぱガキはガキで、せいぜい牧師先生やオバチャンを困らせないようにするのがイッパイイッパイやったな。模範生っちうわけや。よー手伝ったでー。しまいに赤ん坊押しつけられてしもうて大変やった。でもそいつは器量良しやったから、すぐにもらわれてったなぁ。
　仲間が一人減るとその夜はみんな泣く。寂しいんと羨ましいんと、あとゴチャゴチャな気持ち。ベッドの中で一人泣くと「連鎖反応」言うんか？次々泣き出すんや。かなわんてたまったもんやない。そういう日だけオバチャンは教会に泊まってった。泣いているヤツラを一人一人シーツごと抱きしめてた。それから二言三言呟いて、したらなんや魔法でも掛けられてみたいに大人しゅうなって、みんないつの間にかおネムや。

「オバチャン。」
「ああニコラス。あんたも眠れないのかい？」
「ちゃうちゃう。オバチャン御苦労やなぁ思て・・・。」
オバチャンは笑ってワイのベッドに腰掛けた。ワイも身体を起す。
「ほかしとけばええんちゃう？泣いとるんいちいち面倒みとったらキリないで。」
「そりゃ毎日は出来ないけどね。こういう日は特別さ。」
「特別ちうのも、一度味わったらずっと欲しゅうなるよ。」
「欲しがるのはいいコトさ。」
「でも、いくら欲しがったって実際ほとんど無理や。」
日々の食べ物。服。本。おもちゃ。暖かさ。優しさ。甘え。父親。母親。
「手に入らんもん。クヤシイだけや。ならハナっから知らんほうがナンボかマシやん。」
オバチャンは何も言わず聞いていた。ワイをじっと見ていた。その目を見るのがなんか嫌でワイは壁ばかり見とった。
「半端に優しくせんといて。」
「・・・ニコラス。」
オバチャンはワイを他の連中と同じように抱きしめて来た。泣いとるガキと同じ扱いされたのがめっちゃ腹立って怒ったけど、オバチャンのぷくぷくした腕と胸がワイを包んでる。そのままオバチャンはワイの耳元で言うた。
「あんたは良い子だよ。ニコラス。」
「なに言うてんねん。」
そんなムズカユイこと言われんの嫌やったけど、オバチャンの力が強くて腕の中から抜け出せんかった。
「あの子の事が気になるんだね。」
そう言われると、その日もらわれてった赤ん坊の事が急に心配になった。あれだけお荷物やと思うとったのにな。空いた両手が急に寂しゅうなってん。ちょっとだけオバチャンに抱き着いてみた。ただ手が空いとっただけや。それだけや。したらな、ホンマ、ホンマにちっとだけやで。ワイ、泣いてしもた。どうしてやろな。あんな赤ん坊、面倒なだけやと思うとったにな。なんで寂しくなったんかな。
「大丈夫だよ。あの子は幸せになりに行ったのさ。」
オバチャンはそう言ってゆっくり抱いている腕をほどいてくれた。離れる間際にワイの背中ポンって叩いて行きよった。
「でもね、欲しがる事は止めちゃいけないね。もっと欲張りにならなきゃ。」
したって手に入らなんだら意味ないんとちゃうんか？声に出さんかったのにオバチャンは感じ取ったみたいや。
「そりゃね急には自分の物にならないよ。ゆっくりね、ゆっくりでいいんだよ。手に入るまで頑張ればいいし、チャンスだってやってくる。思う存分欲張んなさい。あんたも幸せになれるんだから。」
笑って言うてたよ。よう分かったような、分からんような。変な気分やった。でも何か落ちついた言うんか、やっと眠る気になれた。みんなもう寝とったしな。
「オバチャン。おやすみ。」
「おやすみ。ニコラス。」
もぐり込んだベッドのなかで、さっきオバチャンに抱き着いたの思い出してた。オバチャン、ワイが泣いたの気付いたかな。ちょい恥かしゅうなって寝返りをうった。したらさっきまでオバチャンが座ってた場所に足があたってな。そこ温かいんよ。ええ気持やった。

・・・・・よう眠っとるな。

　安宿のやからベッドが揺れる事はあらへんけど、軋まんようにそっと抜け出した。側らで寝息をたてているんを、なるたけ邪魔せんようにした。裸足のまま部屋を歩く。夜明けはまだまだ先で、窓の隙間から月明かりが零れていた。音を立てんように窓を開ける。正面に見えたのはフィフス・ムーンやった。最悪、嫌な月や。こんなんヤツは燻したれ。煙草を思いっきり吸込んで、一気に月へ吹きかける。どや？煙いやろ。こんくらい我慢しい。ワイは難儀しっぱなしや。欲張りもせず分をわきまえて、そこそこ真面目に生きとるんやけどなぁ。オバチャン言ってたみたいにいかへんよ。欲出したらキリないわ。それでも・・・・・こんなゴッツイ汚れくさった手でも、手に届くモノもあるんやな。

　でもな。ごめんな。ワイはいつも大事にしてやれん。いろいろありすぎや。堪忍な。ホンマに・・・。

　「泣く子は抱きしめてやれ。」
確か、そう言ったのはオバチャンやったな。ホンマ、そう思うで。仰山泣いてたヤツは泣き止むし、泣き足りないヤツは気がすむまで泣ける。意地張ったヤツはやっと泣けるんやな。

　ワイ、よう分かったよ。

　ありがとう。

完