| ズンズンとわき目も振らず歩くウルフウッドは怒っていた。 その後ろをヴァッシュはトボトボと付いて行く。 「…本当に悪かったよ。」 ヴァッシュはすまなそうに詫びた。 この図体のデカイ男二人の会話は、先ほどから一方的な謝罪だけだ。 小さな町で珍客は殊更目立つ。 前を行く怒っている男はサングラスにダークスーツ、白い布に包まれた巨大な十字架を背負っている。 後方の謝っている男は赤いコートに、ツンツンに逆立てた金髪で足元のブーツはやけにゴッツイ。 ヴァッシュは人に注目されているのを知ってか知らずか、更に大きな声で謝った。 「ごめんなさいっ。許してくださいっ。」 「謝ればええっちうもんやない。ええかげんにさらせっ、このドアホゥ。」 ウルフウッドは肩越しに彼を睨み付けて言った。彼がイラついているのは無理もなかった。 今、この二人の移動方法はサイドカー付のバイクだ。 ウルフウッドが購入した物で、もちろん彼は運転する。が、先ほどから謝ってばかりのヴァッシュは、こういったモノが非常にニガテだった。それでも運転を交代しながらの長旅だった。しかし、ヴァッシュが運転すると必ずコケる。おかげでウルフウッドは心身ともに休まることがなかった。 そして動かなくなったのはバイクの方が先だったのである。 立ち寄る予定のない町にいなければならないのは、修理の為だ。 メンテナンス程度ならウルフウッドも出来るのだが、有り得ない方向に車体はひっくり返ったあげく、あちこちひしゃげエンジンもウンともスンとも動かなくなっては手も足も出ない。 旅はまだまだまーだ長いのに、今、移動手段をなくす訳にもいかなかった。 ともかくバイクは修理屋へ置いてきた。部品の調達の都合でしばらくかかると言う。 ウルフウッドのイラつきの原因はここにもあった。 予定以外の修理代と滞在費がかさむからだ。 「おい。トンガリッ。ワイはさっきのでスッカラカンや。宿代はおんどれが持てや。」 「えっ！…わっわかったよ。僕が出すよ。そのくらい大丈夫…大丈夫。」 財布の中身を思い出すと正直言ってイタイが、今回は（も？）自分が悪いのだ。 ヴァッシュは仕方がなく申し出を受けた。 この小さな町に宿屋は一軒しかなかった。 古いが掃除は行き届いていて清潔感があった。それは安心感と好感をもたらす。 １階はレストラン兼ロビーで奥にフロントがあった。 「オジさん、二部屋、空いてる？」 カウンターのショボクレた男がボソボソと答えた。 「一人部屋はひとつしか空いてない。あとは二人部屋だが、どうするかね？」 「それじゃあ二人部屋で、」 と、言いたかったヴァッシュをウルフウッドは遮った。 「それでええ。とにかく二部屋や。」 「えっ！ちょっと待って。いくらなんでもそれは、」 抗議しようとしたヴァッシュの口元へ、ウルフウッドの拳が、口を歪め黙らせる程度にはちょぅど良い場所にヒットを決めた。 「もちろんワイが広い部屋や。なんや、文句あるんか？」 グリグリウニウニとウルフウッドの拳は威圧感を与えつつヴァッシュの顔を歪めまくった。 「ふぁぁぃ。ありましぇん。文句なんてめっそーもないでふ。」 それぞれ部屋へ向かう途中、赤くなった頬をさすりながらヴァッシュはちょっとだけ抵抗を試みた。 「でも、ウルフウッド。確かに僕が悪いんだけど横暴じゃない？僕だってそんなにお金に余裕ないんだし、君だってそれを知らないワケでも、」 ウルフウッドが振り向くのと同時にヴァッシュは三歩下がった。殴られちゃ敵わない。 しかしウルフウッドは重く静かにただ睨み付けてきただけだった。 「今度という今度はおんどれのアホゥ加減に厭き厭きしたわっ。バイクの扱いぐらいちゃっちゃと覚えンかい、このボケ、カス、ド阿呆ぅ。たまにはワイもゆっくり休ませぃ。ボンボンバカボンのお守りなんぞ、もうどーでもええわっ。お前の顔なんざ見たない。ワイにだってやりたいことあんねん。ほっといてもらおうか。ほな、さいなら。」 言うだけ言って手のひらを二、三度かえしウルフウッドは部屋へ入ってしまった。ここまで言われてしまうとヴァッシュも何も言い返せない。いや、何を言っても無駄のなは経験上知っていた。 とりあえずほとぼりが冷めるまで彼の事はしばらくほっとくことに決めた。 ヴァッシュ自身も心身共にゆっくり休みたかったのだ。 町は平和そのものだ。 これといった騒ぎも無く、ゆっくりと時間が過ぎていく。 ヴァッシュは市場を覗いて見たり、子供達の遊びに付き合ったり、通りに面した安楽椅子に腰掛ける老夫婦の話に耳を傾けたり。 そんな風に一日過すのは久しぶりだった。 なんの変哲のない日常をただ見ているのが幸せに感じることもある。 こういう時間がヴァッシュはとても好きだった。 とは言え、ウルフウッドの事も気になる。 昨晩は宿のバーカウンターに現れなかった。朝食にも来なかった。 顔も見たくないと言われてしまったんだから、ほっておけばいいのだとも思う。 でも食事を取っていないのが気にかかった。昼前に一度声をかけてみたが、部屋からは高イビキが聞こえて来ただけだった。 もしかすると彼は部屋に入ってからずっと寝ているのかもしれない。 ここまでウルフウッドに負担をかけていたのに気づかなかった自分が情けなく思えた。 でも運転はどうにも苦手だ。 「どうしたらいいかなぁ…。」 高く広がる青空と薄く流れる雲を見上げながらそう考えていた時、聞き覚えのある声がした。 「ヴァッシュさん。やっと見つけましたわ。」 「よかったですね。先輩。」 メリルとミリィの凸凹コンビだ。 メリルはショートへアで小柄な活発行動派。 ミリィはヴァッシュと見劣りしないくらい長身大柄で、ほのぼのとした雰囲気がある。 「やあ、お二人さん。今回は早かったね。」 「早かったね。じゃありませんわよ。もう、いつも何も言わずに行ってしまうのですもの。探し出すこちらの身にもなって下さい。」 まるでいたずらッ子を叱る母親のようなメリルのそぶりに、ついヴァッシュの口元が緩む。 「そうですよ。あんまり困らせないで下さいね。ヴァッシュさん。・・・あれ？お一人なんですか？」 ミリィがキョロキョロと辺りを見回した。 ここしばらくヴァッシュもウルフウッドと行動を共にしていた為か、ワンセットでいるのが当たり前にされてしまったようだ。 「まぁ、ちょっとね。彼、今ご機嫌ナナメだから、君達も関わらない方がいいと思うよ。」 苦笑でそうなった原因を誤魔化しつつヴァッシュは忠告をした。 「まぁた、ヴァッシュさんてば怒らす様な事したんじゃないですか？」 と、天然ながらも感のよさを誇るミリィがつっこむ。メリルが吹き出すように笑った。 「あ、相変わらずスルドイね。君。とにかく僕らは当分この町に居なきゃならないからさ。君達もゆっくりするといいよ。」 そう言って宿屋の場所を教えてやった。 「くれぐれもウルフウッドを刺激しないようにね。」 と、ヴァッシュは念を押した。更なるとばっちりは受けたくないからだ。 「大丈夫ですわよ〜。」と彼女等は笑っているが、どうだかわかったものではない。 宿にチェックインし、部屋を確保したメリルが言った。 「ウルフウッドさんのお部屋、お隣みたいですし御挨拶だけでも済ませておきましょう。ミリィ。」 「えっでも先輩。ヴァッシュさんがそっとしとけって言ってましたよ。」 「挨拶くらいでしたら、ウルフウッドさんもお怒りになったりしませんわよ。」 「・・・それもそうですよね。『痛々しい中にも定義あり』って言いますもんね。」 「それを言うなら『親しき中にも礼儀あり』ですわ。ミリィ。」 二人は隣部屋のドアの前に立ち止まった。ノックをしようとしたメリルの手が不意に止まる。 妙な感じがしたからだ。 室内からかすかに声が漏れ聞こえて来る。 「…う、くぅっ…。長い事、スマンなぁ。あっ、つっぅ……。もう少し、…辛抱してや。しっかし…うわっ、んんっ…。久々やと…キッツイでぇこれ。うっ…あとちょっと、ちょっとなんやけどな。」 ウルフウッドの苦しげな、気だるいような吐息交じりの話し声だ。 「せんぱーい。どうしたんですか？」 ミリィの問い掛けでメリルは我に返った。 「ミッみみみみみ、みッミりぃ！！」 顔が急激に熱く赤くなるのが分かり、焦って出した声は高く変に裏返った。 しかもけっこう大きな声だったから慌てて口元を押さえた。 何がどうなったのか全くわからないミリィが首を傾げている。 「ミリィ、やはり、おいとましましょう。」 「えっ？先輩。おいとまって言ってもまだお邪魔もしてませんよぅ。」 メリルは早くここから立ち去りたくてミリィを押しやった。 でもそれで彼女が動くはずもない。それほど二人の体格差はあった。 「とっとにかく、ウルフウッドさんは取り込んでいらっしゃるようですし、このままじゃ私達、出歯亀になってしまいます。」 「なんですか？それ？」 「うっ、それは昔、出っ歯の亀太郎さんが起こした事件で、」 「私、先輩が何言いたいのかなんかよく分かりません。それより早く挨拶すませちゃいましょー。」 ノックをしようとするミリィの腕を、メリルは慌てて力の限り引っ張った。 「とにかくーっいけませんわーっっおよしなさいーっミリィィィ！！」 多少よろめきながらも、ミリィも頑張る。 「でーもこのままじゃカメになっちゃうんでしょ？私、カメのままじゃヤですー。はっきりさせましょう。」 「ノックしちゃダメーッ！」 と、メリルが足を踏ん張りなおそうと１歩踏み込もうとした先に、ここで飼っているのだろうか？ 黒猫が一匹、メリルを見上げていた。 あ、踏んでしまいますわ…。 彼女は猫に気をとられ、バランスを大きく崩した。 けっして故意にではない。 でも結果、ミリィの背中を思いっきり押し、更にバランスを崩したミリィは部屋の扉に激突。扉ごとメリルもミリィもウルフウッドの部屋へ轟音と共に倒れこんだ。まるでドミノ倒しのようだった。 「いたたたたたた。ミリィ、ごめんなさい。大丈夫ですか？」 「せんぱーい、酷すぎますーぅ。」 さっきの黒猫が二人の脇を通り、部屋へ入った。つい猫を追って顔をあげると、自分達も部屋に入ってしまったことに気がついた。 薄暗い中にウルフウッドかいた。彼の足元で黒猫は伸びをしている。 その猫の周辺とベッドの上には驚くべき光景が広がっていた。 呆気にとられて二人は一瞬我を忘れた。 「君達、元気そうで、なによりやな。」 低い声が一言づつ言葉を区切った。 ウルフウッドの口調はフレンドリーだ。 その声に主へと二人同時に視線を動かした。 主の目はフレンドリーには程遠く違っていた。 鋭く光り、怒りに満ちていた。 そして闇影が揺らめいたかの様にゆぅらりと立ちあがり、彼女達に近づいた。 「ミリィィィィッ。」 「せんぱーいっ。」 二人は抱き合うようにして恐怖に耐えるしかなかった。 ヴァッシュはやはり気になって宿に戻ってきた。 そろそろ怒りもおさまっただろうから、謝るなり奢るなりすれば機嫌も直るだろうと思ったからだ。 何か騒ぎでもあったのか、宿屋のオジさんが落ち着きなくバタバタしている。 そこへメリルとミリィが現れた。 彼女達は涙ぐんでいて、二人とも額の真ん中が赤い。 「どうしたの。君等二人そろって。」 「あのですねぇ、」 答えようとするミリィをメリルが遮った。 「なんでもありませんのよ。あっ、私達これからアルバイト探しをするので、急ぎますの。それでは失礼しますわっ。」 「ヴァッシュさん。私、カメじゃないですよね。」 メリルにぐいぐい引っ張られ、ミリィは謎の言葉を残していった。 「まったく・・・。何やったんだか。」 とりあえずウルフウッドの部屋へ向かった。そしてすぐ変化に気がついた。 「なんだこりゃ？」 部屋の扉が外れていて、ただ入り口を塞ぐ様に立てかけてあった。 彼がまだこの部屋にいるのか分からなかったが、一応声をかけてみた。 「ウルフウッド。いるのかい？」 「おう。ヴァッシュか。開いとるで。」 扉を“よいしょ”と入り口の横へどかして部屋に入った。 そしてヴァッシュも驚くべき光景を目にした。 部屋中が部品だらけだった。テーブルの上には弾丸が林立し、ベッドの上はマシンガンの銃身が横たわっていた。 「これってもしかして…。」 「ん？ああ。パニッシャーや。」 パニッシャーとは、ウルフウッドがいつも持っている白い布で包まれた十字架の正体だ。 一度布が解かれれば、敵を蹴散らし粉砕するマシンガンとランチャーになる。十字架の中心にはドクロを模したトリガーが施されていた。 神の導きと背徳を重ね持つウルフウッドの武器だ。 それがほとんど原型を留めていない。 銃身と弾倉を包んでいる白いカバーが外され、内部のパーツごとバラバラになっていた。大小さまざまでどれがどこだか分からない。部品はベッドを囲むように散らばっていた。その部品をウルフウッドはベッドの上でわき目も振らず丁寧に磨いていた。 「ここんとこまともに手入れしとる暇もなかった。すっかりススケてしもた。」 ・・・これか。ウルフウッドのやりたかったことって・・・。 ウルフウッドの思いが充分に伝わったヴァッシュは提案をした。 「そういうコトならゆっくりこの町にいてて大丈夫だよ。ウルフウッド。二、三日ぐらい」 「いや、それこそ無駄やんけ。やれるうちにやっとかんと。バイク直り次第ですぐ出られるようにせな。必要以上に金はかけとうない。」 ウルフウッドが食事の時間も取らずにパニッシャーのメンテナンスを優先しているのは、昨日、ヴァッシュが“金に余裕がない”と言ったせいかもしれない。 そう思うとますますウルフウッドに申し訳なく感じた。 「何か手伝えることないかい？」 「イヤ。ええわ。あと少しで終わる。それに悪いがコイツは誰にも触らせとうないんや。」 バカな質問をした。と、ヴァッシュは思った。 自分だって銃の手入れを他人に任せたりしない。 それでも何かウルフウッドの役に立てることがしたいと思った。 「それじゃあ、煙草と食事の差し入れぐらいはさせてくれよ。それくらいはいいだろ。」 ウルフウッドはようやく手を止めて顔を上げた。不精髭が生え、薄く目元に隈が出来ていた。 「とりあえず食事はありがたく受け取ったるわ。ヤニはこれが終わってからやな。それよかドライバー欲しいんや。さっき先っぽ潰してしもた。汚れがコリ固まってカタイのなんのって…」 見れば部品の山にまぎれてドライバーが転がっていた。 武骨な指を駆使し、細いドライバーでこまごまとした作業をしている彼の姿を思い浮かべると、つい笑いがこみ上げてしまう。 「なんや。なに笑っとんねん。」 そう言った言葉はぶっきらぼうだが怒ってはおらず、ウルフウッドは笑んでいた。 その笑みに安堵を覚えたヴァッシュは、ふと二人の女性を思い出した。 メリルとミリィにウルフウッドも会ったはずだ。 「そういえば、さっき彼女達来たろ。」 「おぉ、嬢ちゃん達な。ちぃとオイタが過ぎてな。お仕置きのデコピンして、ここの扉の弁償させてんのや。」 それで彼女達のオデコが赤くなってて、バイトするはめになったのか。 ヴァッシュは納得した。ただ彼女達も少し気の毒にも思った。 あとでケーキでも差し入れようと思った。 「ウルフウッド。君、コーヒーはブラックでいいんだよね。」 また部品を磨き出したウルフウッドは「おう。」と答えた。 ウルフウッドにはサンドイッチがいいかな。 そう考えながら部屋を出ようとした。が、ふとヴァッシュの目に止まったモノがあった。それはドクロを模したパニッシャーのトリガー部分だ。マシンガンとランチャーの切り替えも兼ねている。 「へぇ、こんな風になってたんだ。」 パニッシャーの構造に興味がわいた。改まって考えると変わった武器だ。 しゃがんで手にとって見る。 ドクロの目にあたる部分に指をかけると手にぴったりと収まり、それなりの重さがあった。 そして、つい衝動的にやってしまった。 「お面〜♪」 ドクロを自分の顔に重ねて見た視界の先に、ウルフウッドの無表情な顔と目が合った。 ウルフウッドはスッと立ちあがり、ズンズンとヴァッシュに向かって歩き、彼の目の前にしゃがんだ。 ヴァッシュはパニッシャーのトリガーを顔に重ねたまま動けなかった。 「えーっ寄ってらっしゃい。見てらっしゃいっ。あのヒューマノイド・タイフーンのヴァッシュ・ザ・スタンピードが町にやって来たよ。彼の銃さばきは神の業か魔の術か？信じられない曲芸撃ちだよ。チケットは残りわずかだよー。ショーが終われば、クィック＆ドロウで対決だ！挑戦者はこっちで受け付けてるよー。」 ミリィの声が広場で響く。 子供によじ登られたり赤いコートをめくられたりしているヴァッシュは持ち前の腰の低さのせいか、ヴァッシュの名を騙るただの旅芸人だと思われているようだった。 メリルはチケット販売とクィック＆ドロウ挑戦者の受け付けをしていた。 皆、板に付いた見事な商売っぷりだ。 しかし３人とも額の真ん中が赤かった。 「キリキリ働けや。労働する姿はうつくしいでー。」 ウルフウッドは広場が見渡せるオープンカフェでクラブサンドウィッチの最後の一口をパクつき、コーヒーをすすった。 満腹後の煙草がこれまたうまい。 「あぁ。えぇ天気やなぁ……。」 空は高く青く、日差しはポカポカと暖かく、客入りは上々のようだった。 そしてその日、ヴァッシュは町の興行収入記録を大きく塗り替えたのであった。 完  イラスト：今井浄御 ｔｈａｎｋｓ♪ |
