SP勝手にスピンオフSP
えすぴーかってにすぴんおふすぺしゃる
〜幸子の願い〜
これは映画SPを見た感想のかわりにと、したためてみました。
TVドラマや映画を見てないと、ちょっと分からないかもー。
私はあの日の事を思い出していた。 私の名は原川幸子。警視庁警備部警護課庶務係に勤務している。 日々張り詰めた緊張感ある職場で、私に与えられた職務は円滑な事務対応だ。私が特に得意とする分野は経理で帳簿に一円たりとも狂いはなく、また警護課の経費節減にも努めている。 最近はおかしな内容で経費請求書類を平然と上げる阿呆がいて迷惑千万。 私は無駄をなくし効率化を推し量る為にも庶務のプロとして目を光らせなければならない。 しかし今日はそんな緊張から開放されている。 そう、今日は29日。この日は特別な日だった。 とても気持ちの良い晴天だ。空気の澄んだ午前中。私は幸せだった。 今日は29(肉)の日。懇意にしている精肉店の半期に一度の大特売日であった。休日と29日と大特売日の条件が揃う時は滅多にない。 ゲットした肉の数々。左腕にかかる重みに私は大変満足していた。 そんじょそこいらの肉屋とは違う。日本各地の酪農家と直接契約をしていて、そのなかでもランクの高い肉を各種取り揃えている。取引先には高級料理店も多く、また自家製のソーセージも絶品で肉好きにはたまらない店なのだ。 開店前に並び朝一番で入店したおかげで、思っていた以上の大変に品質良い肉が手に入った。 こんなに心晴れやかなのも久しぶりだ。 幸せ気分いっぱいで歩いていると、気分を害する者が見えた。 大通りの交差点。向こう側の通りに山本がいたのだ。そういえば警護課も今日は休暇を取っていたのを思い出した。 要人のスケジュールに合わせて行動を共にする彼らは、なかなか休みが取れない。 しかも今日はカレンダー通りの「休日」だ。これは貴重かつ珍しい事だろう。 山本は生意気にも彼女を連れ立っている。初めて見たが、なかなか人の良さそうな娘だ。山本には勿体無いかもしれない。 勿体無いといえば、私が教えてやった一押しのモツ鍋屋をあいつは「不味い」と言ったのだ。許すまじ。顔も悪ければ舌も悪いらしい。教えるんじゃなかった。味音痴に食わせるんじゃなかった。勿体無い事をした。 それ以来私は山本を敵視している。顔を見ると、どうしても悪態をつきたくなるのだ。 しっかし山本は実に笑顔が似合わない。品のないニヤけ顔だ。もっと爽やかに微笑めないものか? いやいや、あのずんぐりむっくりとした骨格輪郭肉付きに爽やかさを求めるのも酷だろう。 しかしそれでもそれを好む女性もいるのだ。 山本は私に気がつくことも無く、街の雑踏に二人仲良く消えて行った。 うむ。二人には幸せになってもらいたいものだ。 好みといえば、私の場合はもっとスラリとした体型がタイプだ。 そういった点では石田さんは格好いい人だ。 無口だが誠実で優しい。バツイチという話だが、今もまだ家庭を気遣いそして子煩悩だ。 そして気配りの出来る人でもある。 いつの事だったか、偶然街で見かけたのだがちょっと距離があったのでたいして気にもとめなかった。しかし石田さんは私に気がつき、遠くからだが軽く会釈をしてくれた。そうされる事を予期していなかった私の方が慌てて深くお辞儀をしてしまった。本当に義理堅く良い人なのだ。 これが山本だと馴れ馴れしく近づき、いらん一言を言って私を不愉快にさせるにちがいない。 井上だったら、私が気がついていると知っててもそそくさと逃げるだろう。 そして私はヤツを追うのだ。追い詰めて先回りして「何故逃げる。」と井上を問い詰めてやるのだ。 井上は何か得体が知れない。奥深く何かありそうなのに薄っぺらに見せて誤魔化している。 そんな雰囲気があるのだ。そこがどうにも気に食わない。 そしていい加減な書類で庶務に迷惑をかける。 尾形係長の推薦で配属されたそうだが、井上が来てから尾形係長はお小言で課長に呼び出される回数が増えた。 いや、正確には尾形さんに迷惑をかける井上が嫌いなのだ。 私は尾形さんが好きだ。 スタイル、立ち振る舞い、スッと伸びた背筋、顔、声。全てが好ましい。 融通の利かないハードな仕事からか眉間にシワをよていせる事が多いのだが、それがふと緩む瞬間の和やかな表情がとても好きだ。 でも私は恋の成就を願っているわけではない。 ただ静かに恋焦がれていたいのだ。 それくらいわきまえているつもりだ。 信号待ちをしていると視線を感じた。ちょっと見渡しただけで私を見ている人物にすぐ気がついた。 笹本絵里だ。ターゲットを射抜くような、目力の強い女だ。 手を振っているので私も手を振って返した。 信号が青に変わる。お互い歩き出すと混み合っていた人垣がまばらになり、姿がはっきりと確認できた。 お互いがお互いを見てニヤリと笑う。そしてすれ違いざまにそれぞれの右手でパシッとタッチしあった。 交わす言葉はないが分かり合える。目と目で伝え合う無言の「GOOD JOB!!」 私も彼女も同じ肉屋の袋を下げていた。 私は肉が大好きだ。彼女も肉が大好きだ。 『肉友達』『肉戦友』 そう言ってもいい。彼女とは焼肉食べ放題の店に何度か行った事がある。 とてもいいヤツだ。 横断歩道を渡り、通り一つ行った先に地下鉄の入り口がある。 早く帰宅し、この大事な肉達を新鮮なうちに丁寧に冷凍保存しなければならない。 長く良い肉を楽しむのには必要不可欠な処置だ。 階段を下りようとした時だった。 「原川さん?」 好きな人の声がした。振り向くと尾形さんがいた。 いつもと同じスーツで、いつもと同じステキな立ち姿だった。 「お、尾形さん…」唐突で偶然の出会いに喜びで胸が詰まる。 「今日は買い物…ですか?」 私の荷物を見て、そう察したようだった。 「ハイ。た、沢山買っちゃって…。」 そう言ってずっしりとした袋を少し持ち上げてみせた。 「あ、そうだ。原川さんにお願いしたい事があるんです。」 私を見ている尾形さんに私は見とれていた。 「あいつ等をまた食事に誘ってやって下さい。いい気分転換になっているようですから。なかなかタイミングは合いませんが・・・。」 「ハイ!もう全然大丈夫です。全然かまいませんよ。どんな店でもいつでも連れて行きますよ。任せてください。」 尾形さんの頼みなら、全力で誘います。心から尾形さんにそう誓った。 そして「その時は尾形さんも…。」と勇気を出して言ってみた。 すると尾形さんの表情が緩んだ。ゆったりと和んだ笑顔だった。 こんな近くで、こんな近くで…。尾形さんの笑顔を私は独り占めしている。 こんなにも幸せなひとときが今日訪れるとは! 「そうですね。その時は是非。」 嬉しい返事を貰った。夢のようだ。しかしすぐに夢は覚めた。現実に引き戻したのは携帯の着信音だった。 尾形さんの表情が冷たく締まる。私に背を向け話をはじめた。シャンと伸びた仕事をする男の背中だ。 「はい。…はい。これから向かいます。」 パタンと携帯をたたむと、軽く一息をついた。疲れが出たのか少し厳しい表情になっていた。 「また呼び出されましたよ。…それじゃ。」 軽く会釈し苦い笑顔を見せながら立ち去ろうと歩き出した尾形さんに私は 「あの!いってらっしゃい。お気をつけて。」 私が言える精一杯の言葉で声をかけた。ただの挨拶だが、どうしても言いたかったのだ。 「ありがとう。」 優しく柔らかに微笑んで、尾形さんは再び歩き始めた。 あの日の出来事は忘れられない日になった。 一人私は事務所にいた。誰もいない。静かな静かな午後のひととき。 TVで見た尾形さんは最悪の表情をしていた。 あんな暗く険しく寂しげな顔は見たくなかった。 あんなに苦しんでまで、彼の成し得たかった事が何なのか、真意は何なのかはどうでもいい。 誰か彼を助けてください。彼は苦しんでいる。とてつもなく絶望的な苦しみに沈んでいるのだ。 誰か彼を救ってください。 そう願った時、ふと井上が思いよぎった。この際井上でもいい。 尾形さんを救ってください。 井上ぇ。絶対ぇ助けろぉ。 陽射しは傾き夕暮れを迎える。橙色に染め上げられた誰もいない事務所がいつも以上に寂しい。 それはもうここには来ないであろう人の事を、いやになるほど自覚しているからだ。 二度と会えない予感がする。そしてそれは本当にそうなるのだろう。 尾形さんがいなくなる。 それはとても悲しい事だ。 そうであったとしても、私は私の職務をこなさなければならない。 庶務を日々円滑に遂行し、そして私はあいつ等を事あるごとに食事に誘おう。 それで気が晴れるというなら、出来る限りの事をしよう。 それが私に託された、彼の願いなのだから。 |
終
非常に目立つキャラクターでありながら、エピソードの少ない「原川幸子」が気になりました。
革命編の彼女のワンシーンがとても印象深かったので、色々捏造して書いちゃいましたヨ。